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御聖言はデタラメ書?光玉の御神名と神向き讃詞解説から解る!

御聖言の疑問点は以前から書いていますが今回は「神向き讃詞解説」と光玉の名前から検証してみましょう
20131101kamimukisanjikaisetu1.jpg

まず光玉さんの名前は下記の通り5回変わっている
269[1]龍道、光玉、聖玉、聖鳳、救い主

270[1]龍道
昭和29年(1954)から7年間、この名前については「真光50年史」に記載されています。立教前ですが教団でも公認で「手かざし」もしていたことになっている。
このブログでも前に書きましたが→http://memo.kouheibun.com/blog-category-13.html
271[1]光玉
昭和34年(1959)から2年間
 
御聖言に「..光玉と名のれ...」という割には一番短い。次回書きますがこの時点ではまだ立教はしていません。
272[1]聖玉
昭和36年(1961)から7年間
鳥仁仙人から貰ったとか言う御神名(KO玉の人生にはよく仙人が都合良く登場します)
273[1]聖凰
昭和43年(1965)から7年間



今回は4番目の聖玉について書きますが1~5まですべて矛盾点、疑問点があるのです
272[1]聖玉
聖玉を名のるときの記事{引用}神向き讃詞解説40頁2行目
次に頂戴しましたのが「聖玉」というみ名です。確か鳥仁仙人からだったと思います。しかし、正直に言いますと、この「聖」という字をつけるということは、非常に恐ろしく感じたのです。と言いますのは、「聖観音」というときや「聖徳太子」のときに、この「聖」を使っているからです。...しかし、これを戴いた昭和36年頃というのは、まだ大祭をしても参加者は170人くらいのときですから、とても「聖玉」という名を使えるところまでいってなかったのです。{引用ここまで}


問題点の説明
光玉は神の声として「天地一切神の声・・・光玉を名のれ、手をかざせ、厳しき世となるべし。仰々しく登場したのに?たったの2年で光玉から聖玉に変えてしまった。

それも
「鳥仁仙人」とかいう訳のわからない
人物の言うことを聞いて聖玉に変えて

しまったのです。
しかも「確か鳥仁仙人からだったと思います」。とあるように曖昧なんですねー。


これでは神様より「鳥仁仙人」の方が上?になります。
それとも御聖言に登場する神様は何者?

鳥仁仙人とは、「神向き讃詞解説」の7年後に発行された「崇教真光30年史」79頁には読みは鳥仁(うじん)仙人で役の行者を霊界から指導した、現界に肉体を持ったことのない霊界だけの仙人と説明しています。便利の言い説明ですね光玉の神様は?


他にも疑問点の根拠はいろいろありますが
組み手(信者)の立場からは
「御聖言はデタラメ書」と呼んでおきましょう?
私たち組み手は、「御聖言」を拝読して「実在の神の声」と信じて付いてきたのですが?「なんとか仙人」と同レベルの神様だったら話は別です。
「インチキ」呼ばわりしてどこが悪い。



273[1]聖凰
神向き讃詞41頁13行目それから現在は「聖凰」になっております。
泊まった旅館の部屋が鳳凰の間とか?いろいろ言ってますが?

この頃の時代背景は私の作った年表をご覧戴くと分かり易いでしょう


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布教活動禁止の学園内にて布教活動を行っていたことが真光誌に載っています


「真光」誌平成四年四月号(355号)83~85ページ
http://photozou.jp/photo/show/3041758/186848666

マインドコントロールについての本を読んだ後で岡田光玉の神示、誤声幻(御聖言)を今一度読んでみてください。
一歩退いた視点から、探求心を持って慎重に目を通していくと、この神示が人間の存在そのものを繰り返し繰り返し批判しながら、その一方で批判主義そのものが罪であると裁いていることに気がつくはずです。
そこには常に人知に対して否定的な言及がなされ、神の御心のみが素晴らしいと説かれていますが、神の御心を持つのは誰でしょうか?
(考えてみてください、私たち人間は各々が皆尊いのです。神は我々全てに神性を与えてくださったのです)
誤声幻(御聖言)の文章は陰険で粗削りな文章で満ちています。またはどうにも解釈のできる、意味をなさないものばかりで、霊層が昇華していない組み手は理解できないとまで言われているのです。
皆さんはあれが本当に神の言葉だと心から信じることができますか?

真光ネコババを肯定
『真光』1994年5月号 No.380より部分抜粋~

・・・待てよ!たとえ千円といえども誰かが落とされたもの。これを懐に入れたら
盗みの罪になりはしないだろうか……。
千円ばかりのことで後味の悪い想いをすることもあるまい。
かといって千円ばかり交番に届けるのも難儀だし……
そうだ、明日お浄め御礼と一緒に御奉納することにしよう〉と思ったのでございます。


お金(千円)拾って警察に届けず、祟教真光に奉納した信者がいる。
教団発行の機関誌に、掲載されている。
ネコババを機関誌に載せる信者や教団の常識のなさに呆れた。(爆笑)
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