HOME   »  ◆真光3代の教え主の経歴   »  光玉の神様商売パクリの足跡  »  岡田光玉のパクリ屋人生と神様商売の半生

岡田光玉のパクリ屋人生と神様商売の半生

日本の宗教法人の数は18万社もあり、その信者数の合計は2億人近いとも言われています、各教団の水増しと重複によるものでしょうね。真光は7から9団体?もあるそうです。ここでは岡田光玉がいろいろな教団から教えをパクリながら、時代の後押しも受けながら自らが教祖へ登ってゆく様を説明しています。

下記の図を1回、2回クリックしてください大きく見やすくなります!
岡田光玉の世界真光文明教へ至る道

s001.gif新憲法による宗教の自由 s002.gif高度経済成長期 s003.gif国民皆保険(国保)導入、この3つに注目してご覧ください 。1945年(昭和20)年 8月広島、長崎への原爆投下、日本は無条件降伏をした。
◆第二次世界大戦 終戦 敗戦国となった日本はアメリカの占領下となる。
s001.gif1947(昭和22年)5月3日 主な都市は焼け野原となった終戦から2年後新憲法施行によって宗教的結社の自由が認められ、新興宗教にとっては都合の良い時代が到来した。



光玉は「世界救世教」に入信したが5年で破門
1947年(昭和22年)岡田良一(光玉)は47才の時に世界救世教に入信、二年後に教団幹部となり宗教で収入を得ていた。が1952(昭和27年)勝手な解釈行動から教団を破門となる。ココで光玉がパクッた教えが、世界救世教でのお光りさんは⇒御み霊、浄霊⇒お浄め、自然農法⇒陽光農法、手かざしはそのまま手かざし。その他いろいろ宗教的なノウハウはココで覚えた。

「竹内文書」からのパクリ
ス神7次元神界五色人などその他の用語は竹内文書からパクる。光玉は茨城県の皇祖皇太神宮へ通って竹内文書のお勉強をしていた。当時の宮司さんが証言している。

また竹内文書研究の第一人者である高坂和導氏も熱海に1週間泊まり込みで光玉と聖珠に直接指導(すべて録音)し、教えにも取り入れられていると近い関係者は言っている。高坂和道氏と竹内文書 

 1953年(昭和28年)頃?kotama.gif岡田龍造を名乗る(光玉が)
光玉は龍造先生と呼ばれ手かざし商売をしていた。マッサージ師・気功も?


s002.gif1955年(昭和30年)頃から日本は高度経済成長期がはじまり、同時に新興宗教の開花期ともなった。戦災による焼け野原からの復興。追い風となった朝鮮動乱・ベトナム戦争による戦争特需などによって日本人の生活は急激に豊かになった。人口は年々増え、井戸から水道へ、薪や炭から都市ガスとなり、洗濯機、炊飯器、ガス器具など文明の利器が溢れ、主婦は重労働だった家事から解放されたが一部の無知な女性は新興宗教のオバサンとなって教団のために狂奔した。当時の女性は社会進出する環境が少なかったのです。また核家族化によって先祖からの神社、寺院とのつながりが弱まったことも新興宗教にとって好都合だった。1956(昭31)創価学会員で元プロ野球選手だった白木義一郎氏が参議院に初当選した(公明党の第一号議員)


◆怪しいオヤジと無知なおばさん(班長さん)
この宗教オバさんをカモにした神様商売の光玉が営業開始!下記の写真からも実物の光玉は変なオヤジだったことがお解りいただけるでしょう!組手の皆さんが知っている救い主様は死後教団によりウソ偽りで飾られた虚像なのです!
0728koutama01.jpg  0728koutama02.jpg 
いずれも「光玉師御写真集」より 左111頁 右66頁

LH陽光子友の会設立
1959年(昭和34年)kotama.gif光玉を名乗る
1961年(昭和36年)kotama.gif聖玉を名乗る(光玉が)


s003.gif1961年(昭和36年)に国民皆保険制度(国保)の導入(この年までは公的な医療保障はなかった)と医療技術の進歩によって日本人の多くが病気の不安から解放された。例えば、これより前は高齢者は歯が抜けているのは普通だった、結核は不治の病で身代をつぶす{破産}と言われていた。




光玉の真光の業の正体とは日本経済の発展と健康保険と医療制度の充実。無知な(当時の)おばさん達をダマして、光玉は(うちの)神様の御守護としたのです。病気の治療は病院へ御守護御礼は教団へつまり医と十字に組むこれこそ最も大きなパクリでしょう。光玉の霊術なんか誰も見たことないはず?教団が勝手に宣伝してるだけです。


宗教法人を設立、ここではじめて「立教」した
(宗教法人)世界真光文明教 設立1963年(昭和38年)
1968年〈昭和43年)kotama.gif聖凰を名乗る(光玉が)
1972年(昭和47年)kotama.gif救い主を名乗る(光玉が)2年後病死

◆光玉の死亡と跡目相続争い
1974年(昭和49年)6月光玉病死。大口出資者の関口栄氏(運送屋のオヤジ)と愛人の聖珠との間に跡目相続争いが始まる。関口氏は「聖珠は救い主様のコレだよ」と小指を出すしぐさ(妾の意味)をしたとか「導士なんてのは社会的に使い物にならない奴にやらせときゃいいんだよ」とも言っていたことが伝えられている。2年後に決着して関口氏が「世界真光文明教」を継承
 
sekiguchisakae.jpgosienusinoimage.jpg 
 二代教え主 聖峰(関口栄1909-1994 三ツ矢タクシー(株)を経営していた)現在は三代教え主聖翔(関口勝利)昭和14年生まれ
 
愛人でも立教できる!
裁判で負けた聖珠は「崇教真光」をはじめる
 
2daseisyu.jpg3daikuou.jpg 
初代光玉の愛人が二代教え主聖珠(甲子)で、その聖珠の愛人の息子が三代目教え主光央(泰六)である。崇教真光は愛人系真光と呼ぶべきでしょうね。

二代目教え主聖珠 平成28年9月18日死去 享年86才(1929-2016) 

 転職組も独立?光玉病死の3月前のどさくさ に「神幽現救世真光文明教団」は山梨県の教員だった依田君美(1916-2003)が入信から僅か4年目、光玉病死前の混乱に乗じて独立して「救い主」を名乗っている。
 
岡田光玉と真光osienusinoimage.jpg 
現在は君美の長男である依田美希が教主らしい

 分裂・独立した新教え主達は光玉には霊能力などなく?誰にでもできることを見抜いていた証拠である。彼等は永年、光玉の傍で見ていたんですから一番よく知っているはずです!神様商売は儲かる!

詳しくは知らないが分裂・独立によって真光系と呼ばれる宗教団体が7ツから9ツくらいあるらしい?


◆新興宗教の衰退期
平成になるとオウム真理教の地下鉄サリン事件、法の華三法の福永法源、ライフスペースなど問題が明るみにでて新興宗教は全体に下火となる。さらに少子高齢化の進行、人口減少によって、信者数は必然的に減少し今後は逃げ遅れた現役組手(信者)への負担がますます大きくなってゆくでしょう?

結論
若者は早く逃げなさい!


このブログは祟教真光・世界真光文明教のマインドコントロールに嵌って不幸な人生を送っている人々救うために発信しています。より多くの方に見ていただくために下記のブログランキングのクリックをお願いします。人気ブログランキングへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教批判・告発へにほんブログ村
Related Entries
Comment
-
真善美の探究【真善美育維】

【真理と自然観】

《真理》
結論から言って, 真偽は人様々ではない。これは誰一人抗うことの出来ない真理によって保たれる。
“ある時, 何の脈絡もなく私は次のように友人に尋ねた。歪みなき真理は何処にあるのかと。すると友人は, 何の躊躇もなく私の背後を指差したのである。”
私の背後には『空』があった。空とは雲が浮かぶ空ではないし, 単純にからっぽという意味でもない。私という意識, 世界という感覚そのものの原因のことである。この時, 我々は『空・から』という言葉によって人様々な真偽を超えた歪みなき真実を把握したのである。


我々の世界は質感。
また質感の変化からその裏側に真の形があることを理解した。そして我々はこの世界の何処にも居ない。この世界・感覚・魂(志向性の作用した然としてある意識)の納められた躰, この意識の裏側の機構こそが我々の真の姿であると気付いたのである。


《志向性》
目的は何らかの経験により得た感覚を何らかの手段をもって再び具現すること。感覚的目的地と経路, それを具現する手段を合わせた感覚の再具現という方向。志向性とは或感覚を具現する場合の方向付けとなる原因・因子が具現する能力と可能性を与える機構, 手段によって, 再具現可能性という方向性を得たものである。
『意識中の対象の変化によって複数の志向性が観測されるということは, 表象下に複数の因子が存在するということである。』
『因子は経験により蓄積され, 記憶の記録機構の確立された時点を起源として意識に影響を及ぼして来た。(志向性の作用)』
我々の志向は再具現の機構としての躰に対応し, 再具現可能性を持つことが可能な場合にのみこれを因子と呼ぶ。躰に対応しなくなった志向は機構の変化とともに廃れた因子である。志向が躰に対応している場合でもその具現の条件となる感覚的対象がない場合これを生じない。但し意識を介さず機構(思考の「考, 判断」に関する部分)に直接作用する物が存在する可能性がある。


《思考》
『思考は表象である思と判断機構の象である考(理性)の部分により象造られている。』
思考〔分解〕→思(表象), 考(判断機能)
『考えていても表面にそれが現れるとは限らない。→思考の領域は考の領域に含まれている。思考<考』
『言葉は思考の領域に対応しなければ意味がない。→言葉で表すことが出来るのは思考可能な領域のみである。』
考, 判断(理性)の機能によって複数の中から具現可能な志向が選択される。


《生命観》
『感覚器官があり連続して意識があるだけでは生命であるとは言えない。』
『再具現性を与える機構としての己と具現を方向付ける志向としての自。この双方の発展こそ生命の本質である。』

生命は過去の意識の有り様を何らかの形(物)として保存する記録機構を持ち, これにより生じた創造因を具現する手段としての肉体・機構を同時に持つ。
生命は志向性・再具現可能性を持つ存在である。意識の有り様が記録され具現する繰り返しの中で新しいものに志向が代わり, その志向が作用して具現機構としての肉体に変化を生じる。この為, 廃れる志向が生じる。

*己と自の発展
己は具現機構としての躰。自は記録としてある因子・志向。
己と自の発展とは, 躰(機構)と志向の相互発展である。志向性が作用した然としてある意識から新しい志向が生み出され, その志向が具現機構である肉体に作用して意識に影響を及ぼす。生命は然の理に屈する存在ではなくその志向により肉体を変化させ, 然としてある意識, 世界を変革する存在である。
『志向(作用)→肉体・機構』


然の理・然性
自己, 志向性を除く諸法則。志向性を加えて自然法則になる。
然の理・然性(第1法則)
然性→志向性(第2法則)


【世界創造の真実】
世界が存在するという認識があるとき, 認識している主体として自分の存在を認識する。だから自我は客体認識の反射作用としてある。これは逆ではない。しかし人々はしばしばこれを逆に錯覚する。すなわち自分がまずあってそれが世界を認識しているのだと。なおかつ自身が存在しているという認識についてそれを懐疑することはなく無条件に肯定する。これは神と人に共通する倒錯でもある。それゆえ彼らは永遠に惑う存在, 決して全知足りえぬ存在と呼ばれる。
しかし実際には自分は世界の切り離し難い一部分としてある。だから本来これを別々のものとみなすことはありえない。いや, そもそも認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう?
言葉は名前をつけることで世界を便宜的に区分し, 分節することができる。あれは空, それは山, これは自分。しかして空というものはない。空と名付けられた特徴の類似した集合がある。山というものはない。山と名付けられた類似した特徴の集合がある。自分というものはない。自分と名付けられ, 名付けられたそれに自身が存在するという錯覚が生じるだけのことである。
これらはすべて同じものが言葉によって切り離され分節されることで互いを別別のものとみなしうる認識の状態に置かれているだけのことである。
例えて言えば, それは鏡に自らの姿を写した者が鏡に写った鏡像を世界という存在だと信じこむに等しい。それゆえ言葉は, 自我と世界の境界を仮初に立て分ける鏡に例えられる。そして鏡を通じて世界を認識している我々が, その世界が私たちの生命そのものの象であるという理解に至ることは難い。鏡を見つめる自身と鏡の中の象が別々のものではなく, 同じものなのだという認識に至ることはほとんど起きない。なぜなら私たちは鏡の存在に自覚なくただ目の前にある象を見つめる者だからである。
そのように私たちは, 言葉の存在に無自覚なのである。言葉によって名付けられた何かに自身とは別の存在性を錯覚し続け, その錯覚に基づいて自我を盲信し続ける。だから言葉によって名前を付けられるものは全て存在しているはずだと考える。
愛, 善, 白, 憎しみ, 悪, 黒。そんなものはどこにも存在していない。神, 霊, 悪魔, 人。そのような名称に対応する実在はない。それらはただ言葉としてだけあるもの, 言葉によって仮初に存在を錯覚しうるだけのもの。私たちの認識表象作用の上でのみ存在を語りうるものでしかない。
私たちの認識は, 本来唯一不二の存在である世界に対しこうした言葉の上で無限の区別分割を行い, 逆に存在しないものに名称を与えることで存在しているとされるものとの境界を打ち壊し, よって完全に倒錯した世界観を創り上げる。これこそが神の世界創造の真実である。
しかし真実は, 根源的無知に伴う妄想ゆえに生じている, 完全に誤てる認識であるに過ぎない。だから万物の創造者に対してはこう言ってやるだけで十分である。
「お前が世界を創造したのなら, 何者がお前を創造した?」
同様に同じ根源的無知を抱える人間, すなわち自分自身に向かってこのように問わねばならない。
「お前が世界を認識出来るというなら, 何者がお前を認識しているのか?」
神が誰によっても創られていないのなら, 世界もまた神に拠って創られたものではなく, 互いに創られたものでないなら, これは別のものではなく同じものであり, 各々の存在性は虚妄であるに違いない。
あなたを認識している何者かの実在を証明できないなら, あなたが世界を認識しているという証明も出来ず, 互いに認識が正しいということを証明できないなら, 互いの区分は不毛であり虚妄であり, つまり別のものではなく同じものなのであり, であるならいかなる認識にも根源的真実はなく, ただ世界の一切が分かちがたく不二なのであろうという推論のみをなしうる。


【真善美】
真は空(真の形・物)と質(不可分の質, 側面・性質), 然性(第1法則)と志向性(第2法則)の理解により齎される。真理と自然を理解することにより言葉を通じて様々なものの存在可能性を理解し, その様々な原因との関わりの中で積極的に新たな志向性を獲得してゆく生命の在り方。真の在り方であり, 自己の発展とその理解。

善は社会性である。直生命(個別性), 対生命(人間性), 従生命(組織性)により構成される。三命其々には欠点がある。直にはぶつかり合う対立。対には干渉のし難さから来る閉塞。従には自分の世を存続しようとする為の硬直化。これら三命が同時に認識上に有ることにより互いが欠点を補う。
△→対・人間性→(尊重)→直・個別性→(牽引)→従・組織性→(進展)→△(前に戻る)
千差万別。命あるゆえの傷みを理解し各々の在り方を尊重して独悪を克服し, 尊重から来る自己の閉塞を理解して組織(なすべき方向)に従いこれを克服する。個は組織の頂点に驕り執着することはなく状況によっては退き, 適した人間に委せて硬直化を克服する。生命理想を貫徹する生命の在り方。

美は活活とした生命の在り方。
『認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう? 』
予知の悪魔(完全な認識をもった生命)を否定して認識の曖昧さを認め, それを物事が決定する一要素と捉えることで志向の自由の幅を広げる。予知の悪魔に囚われて自分の願望を諦めることはなく認識と相互作用してこれを成し遂げようとする生命の在り方。


《抑止力, 育維》
【育】とは或技能に於て仲間を自分たちと同じ程度にまで育成する, またはその技能的な程度の差を縮める為の決まり等を作り集団に於て一体感を持たせること。育はたんなる技能的な生育ではなく万人が優秀劣等という概念, 価値を乗り越え, また技能の差を克服し, 個人の社会参加による多面的共感を通じて人間的対等を認め合うこと。すなわち愛育である。

【維】とは生存維持。優れた個の犠牲が組織の発展に必要だからといっても, その人が生を繋いで行かなければ社会の体制自体が維持できない。移籍や移民ではその集団のもつ固有の理念が守られないからである。組織に於て使用価値のある個を酷使し生を磨り減らすのではなく人の生存という価値を尊重しまたその機会を与えなければならない。

真善美は生命哲学を基盤とした個人の進化と生産性の向上を目的としたが, 育と維はその最大の矛盾たる弱者を救済することを最高の目的とする。
初めまして。
組手になり、もうじき4年。
御神縁深いと入信しましたが、ここ数ヶ月疑問に思うことが時々…。
そして退会したいと思いながらも決心が付かず。
そんな時にこのブログにたどり着きました。
ありがとうございます。
目が覚めました。
心置き無く退会できます。
岡田光玉さん
岡田光玉さんについて
私が組み手の頃、岡田光玉さんが愛人関係だったとは全く知りませんでした
都合が悪くなる話になると隠すのが真光の特徴ですね!!
何だっけ?
学理ガックリの世w

光玉ちゃんはパクリパックリの世www

今は真光を辞めたおばちゃんです。
魔光隊、ご奉斎、お主枝和人もやってましたw

本格的にー目が覚めたのは3.11でした。まぁ、ネットが普及してからはほぼネットを見てたw
当時のお主枝人会議やお世話係の会では「インターネットは見ない様に!」って言ってたなぁw
私はSEをやってたからパソコンなんてお手の物w その当時ネットを見ながら「はぁー、そうなんだ」とか「やっぱりなぁー」とか「どこの道場も大変だな」って感じで見てました。

私は被災地東北です。道場自体機能しなかったしね。他宗教の方が一生懸命にスコップで片付けや物資を運んで下さいましたね。
因みに崇教真光の東北方面指導部と宮城大道場の建物は天井が抜け落ちて壁は崩れ窓は閉まらなかったです。まぁ、一番見積りの安すぎる上場企業の業者に頼んだからね〜w
進化系バージョン
神幽現救世真光文明教団のホームページの

「真光」系の教団にはいくつかの系統がありますので、お問い合わせの際はお間違えのないようお願いします。「神幽現救世日像会」は当教団とは一切関係ありません。」

という注意書きを読み、思わず笑ってしまいました。ブラジルには進出(?)していないと思いますが、組み手が間違って行きそうですね。

こうなると、最もパワフルなお浄めを実践する教団が選べて便利といえば便利ですが・・・


No title
神幽現救世真光文明教団はなんと4つのワザがあるそうです。
http://www.syg.or.jp/teachings/works.html

霊を袈裟切りして魂までも消してしまうと。
真光では一番の進化系バージョンですね。びっくりですね。

文明教団から、いくつも別れた教団が出来てますね。
有難う御座いました。
高丙文 様

返信いただき有難う御座いました。

水上の音楽を聴きながら真光誌を破りたいと思います。

ヘンデル 「水上の音楽」
> 岡田恵珠の臨場の曲名って分かりますでしょうか?

ヘンデルの「水上の音楽」だと思います。YOUTUBE等で聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=UnTfED5A1yE
初見です
岡田恵珠の臨場の曲名って分かりますでしょうか?

私もおみたまちょん切りたかったな~

ちょん切る前に両親に返納されてしまいました

実家には今でも御神体()がありますw

便所の尻拭きには硬すぎる真光も大量にありますねw

両親も今は幽霊組手ですが処分出来ないみたいです。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
Only the blog author may view the comment.
高丙文の近況twitter
御奉仕より婚活
最新コメント
オミタマと光玉の写真

画像をクリックして大きな画像でご覧ください。
情報提供をお願いします!
全記事表示リンク
ブログランキング
竹内文書/たけのうちもんじょ
カテゴリ
広告欄
検索フォーム
最新記事
このブログ発信者に直接届きます

名前:
メール:
件名:
本文:

関連リンク
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
広告欄