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おみたまは「安っぽいペンダント」幹部達は承知している

ブラジルの元組み手キャリーさんからのお便りです、下記の日本文は御本人が書かれました。


オミタマについては、ポ語ホーム・ページでも記載していますがhttp://newsea.wix.com/aprendendo-com-a-sm(日本語版がなくて申し訳ありません)

私がラテン・アメリカ方面の第一期訓練生だった頃と後に日本の訓練部・真我台で訓練生として体験したことの中で印象に残ったことは

◆サンパウロ大道場で訓練中に、ある地方の準幹部が「ご無礼」をしてしまった数多くののオミタマをお運び(?)してきた時、明らかに「ご無礼」とわかるものの数個を道場の幹部の判断で再お浄めなしとし、人的な多忙と都合による処置をしたこと

◆ある道場長は手を洗わずに自己のオミタマを扱っていたこと

◆真我台では、オミタマを付け忘れてお浄めを施光した相手の訓練生が酷い清浄化(?)に襲われ、病院に搬送される事態となったことがあります。


こういったケースでわかることは
●オミタマとは特別なものではなく、信者を惑わすために作られた単なる安っぽいペンダントでしかないということと

●人間の体からは常にある種のエネルギー(科学的には電磁波)が発散され、周囲に影響を及ぼしているということだと思います。

●教団で奉仕した25年間には、オミタマをハンマーで破壊するとか、オミタマを包まずに外側にアクセサリーのように使用する信者もいましたが、全員元気で健在です。

ポルトガル語の分かる方はこちらからどうぞ!
http://newsea.wix.com/aprendendo-com-a-sm



ここからは管理人の高
真光のことが解ってくると誰もが疑問に思い、やがて怒りに変わります。来週は早くも大炎開陽霊祭ですね、今年は一寸変わってるみたいですが?

御み霊とオキヨメで病気は治りません 真光3代の教祖とパクリの教えの実態 実録・魂を抜かれた組み手はゾンビになる実録・教団幹部と使い捨ての地元幹部
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光玉のオミタマの正体
光玉の死後、二代目の地位をめぐって紛争が発生し、裁判沙汰になったわけですが、この裁判に関し、昭和59年11月17日の宗教法学会において、大野正男弁護士による研究発表がなされ、文章にまとめられ、昭和61年に発行されています。主に大学図書館に保管されています。

大野弁護士は、後に最高裁判事になった人物ですが、自分が勝った裁判についての報告であるとしても、関口氏が受けたオミタマや、光玉の自筆遺言メモの写真が掲載されていますので、組み手にはぜひ実物を見てほしいと思います。

そこで問題なのは、少なくとも私が組み手であった頃、初代教え主は「御み霊」を必要としないと教えられていたわけですが、光玉が亡くなった二日後の通夜の席で甲子(ケイシュ)が、先代が亡くなる十日前に「自分に万一のことがあれば二代目は関口さんにお願いせよ」と言われ、自分が肌身にかけていた二代目用のオミタマと、自分用のオミタマを渡してくれた、と言ったそうです(合計2個のオミタマ)。

そもそも存在しないものを娘に与えることは不可能なのですが、その二代目用のオミタマというものが、スの神から直接与えられたものにしては、何とも説明がつかないスイス製の高級懐中時計だったということが当裁判で明らかになり、この事実だけでも光玉が如何に初めから嘘をつき、全て彼の作り話だったという、恐らく最大の証拠だと思います。

大野弁護士の講演のタイトルは (宗)世界真光文明教団代表役員地位確認請求事件――教義に関する事項を含む紛争について裁判所の審査権はどこまで及ぶか / 大野正男/p25~42 (宗教法学会誌 宗教法. (5))で、国立国会図書館所蔵文献のコピーをインターネットで請求し、郵便で送ってもらえるそうです。(事前に利用登録が必要)。
御み霊は火葬すると消えますが、あれは幽界へ持っていったのではなく、単に火葬の熱で溶けただけです。
火葬の火炎は2000度あり、真鍮製の御み霊の融点は900度強です。しかも、火炎にさらされやすい胸の上にあるので、火葬が始まった時点で熔けて無くなります。
因みに火葬の火炎で骨が焼けて無くならないのは、骨を受ける骨灰皿には直に火炎が当たらないように調節されているからです。



火葬について
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1119406891


真鍮の融点について
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1360667468


訂正
私は日本の訓練部まで行きましたが、訓練終了の三ヶ月位前に居ても立ってもいられない衝動にかられ、当時の田中訓練部長に訓練を辞めさせていただきたい旨をお願いし、ブラジルへ帰りましたので、幹部にはなっていないのです。訓練部行きも、私がプロの翻訳者という理由で、当時の白崎指導部長に強制されて行ったわけですが、帰国後、「島流し」的な制裁を受け、約2年間は翻訳・通訳のご奉仕は許されませんでしたが、白崎指導部長の後任の故・古瀬指導部長に呼ばれ、指導部出版部の責任者として復帰したわけですが、古瀬指導部長が本部へ任命されたことを機に、一般の組み手として外の世界へ戻り、日本&ブラジルを往復しながら翻訳者として仕事をして来ましたが、7年前に教団を止めたわけです。
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