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岡田光玉は妻の実家の財産で豪遊・・用無しの妻とは離婚


2月27日は岡田光玉の誕生日で「御光誕祭」とか言うらしいが、経歴を見ると卑しい男だったことが解ります。ただし教団発行の出版物(御神書)には光玉に妻がいて離婚していることは一切書かれてないが?また二代聖珠の前歴についても同じです。教団の存亡に関わる秘密ですから当然!しかし現実にはほとんどの信者が知っていることですね。

たった一行だけ
義父さまの経営されていた繊維会社を引き継ぎ(崇教真光50年史38頁5行目)という記述がある。私の知る限りこの一行だけである
 
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傷痍軍人だった光玉は28歳年下の愛人聖珠(甲子)と生き延びるのが精一杯だった、この光玉の生きる術が神様商売真光なのです

真光の初代教え主(教祖)である光玉は戦争で全財産焼け出され「王侯の如き生活からルンペン(乞食)になった」とあるが、この焼け出された全財産とは妻の実家の遺産である。王侯の如き生活とは妻の遺産を使って豪遊していた、そして二代教え主聖珠(甲子)とはすでに愛人関係であったと思われます。その後戦火による焼失もふくめ全財産を使い果たすと離婚しているのです。

 ◆光玉が会社経営に関わったのは昭和17年から昭和20年8月敗戦までの約3年くらいで、現在と違ってすべて手作りの時代ですから工場建設だけでも簡単ではなく、しかも日本軍はすでに劣勢が噂され新規事業の立ち上げはできなかったはず?しかし既存の会社を食い潰す事はできたでしょう!! 
◆戦後(第二次世界大戦)は日本人誰もが生きるか死ぬかの苦労したのですが、光玉も行商(闇屋、かつぎ屋)とか世界救世教の幹部(給料を貰っていた)、不動産ブローカー、あんま(手かざし)をしながら十数年後に宗教起業家(神様商売)として成功したと考えられます。 

 ◆光玉は借金の返済などしていない
一生かかってもとうてい返すことのできないほどの借金を返し終わって立教と言われていますがウソでしょう、「大聖主」を見ると解ります202頁7行目あたり・・あのインチキ勲章の叙勲祝賀披露宴での光玉の挨拶「・・都民銀行の工藤先生と福田先生のお世話により・・事なきを得たのであります」。つまりネ!政治家の口利きで帳消しにできる程度の借金はあって、しかも返済は免除された?と考えられます?傷痍軍人の光玉に大金を貸す人はいなかったでしょうね?また軍人だった実父は光玉が16歳の時に病死しており、公務員ですからそれほどの財産は残してなかったと考えられます。

この項目(光玉の妻の実家の財産と借金)に関しては資料が少なく私の憶測による部分もあります、そこで「考えられる」「思われる」という表現を使いました。但し光玉から直接教えを受けた局長、部長クラスの話は何度も聞き記憶には残っております。さらに詳しい情報をお持ちの方コメント欄に書き込んで頂けましたら有り難いです


いつも他人のことばかりを書いているのでチョットだけ自分のことも書いてみました。真光関連の資料の中に私の昔の写真があった、平成6年2月頃で入信から9ヶ月目に一人「光神殿」へ参拝したときの撮影です今から20年ほど前のものです。
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私は平成5年5月に入信しました、もともと暗示にかかりやすいタイプなので入信後はスグに熱心な組手(信者)として活躍をしてきました。◆初級研修:平成5年5月 大阪大道場衣笠道場長、斉藤補佐 再聴講は同メンバーで3回受講 ◆中級研修:平成8年10月 白崎照明奉祭部長 平成9年4月 岩井浩次崇教局長 平成10年4月 中村泰通恢弘部長 ◆上級研修:平成13年3月 山田安住総合調整局長 (役職はいずれも当時)


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