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神理のみたま、汝の腹中に入る。 御聖言は光玉の虚言・妄言集!

今年も、もうすぐ御光誕祭とか言う光玉の誕生日と立教の記念日が近づいてきました。この根拠となる御聖言の「天地一切神の声」には実にバカバカしいことが書かれています。

御聖言24頁後ろから3行目:汝、その奥を語らしめん、神理のみたま、汝の○○に入る。汝その聞く所を語らん。天の時到れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし。

汝の○○と伏字を使ってますが元は汝の腹中ですね?また「神理のみたま」とは組手(信者)のこと!正に御聖言は光玉の口からデマカセ集ですねー(´ー`*)ウンウン

恥ずかしくもなく岡田光玉は自分で言っているんです
岡田光玉師 魁のメシア一世

「神理のみたま」とは組手(信者)の意味で「救い主様のお腹が出てるのは組手の数が増えた分だけ膨らんでくる」そうです。御聖言によると組手(信者)は光玉の内臓脂肪?となりますがねー!現在ではメタボとか言いますが!

前々回紹介したように光玉の額のコブからは、み光出ていたとかこんなバカげた話(教え)が昭和30年代(1955)から40年代(1975)には通用していたんですねー。またなんども紹介してますが光玉を名乗る前は龍道をつかっていました。本名は良一(よしかず)・龍道・光玉・聖玉・聖鳳・救い主。

それでも立教から順調に教団を発展させてきた真光ですが

【パソコンとインターネットの普及】によって急速に衰退!
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「煎り豆に花が咲く」とは復活のこと 【節分の豆まき】

立春大祭参拝のアホ組手諸君へ 
今頃はバスの中か参拝の準備中でしょうね!私は今日はあびこの観音さんへ厄除けのお参りに行ってきましたよ!
abikokannnon (7-1)

真光では正神(火の神)に煎り豆を投げつけて「二度と出てくるなっ」と呪いの言葉をかけて追放したと教えられ、組手の家庭では豆まきをしてはいけないことになってますよね。つまり「煎った豆」は芽が出ないということですが?諺では逆の意味ですねー!


【煎り豆に花が咲く】衰えていたものが、再び勢いを盛り返すことのたとえ。また、あるはずのないことが実現することのたとえ。煎り豆が生える。

火(カ)+水(ミ)=神(カミ)
火(カ)と水(ミ)を十字に組んで神(カミ)、火の神を正神、水の神を副神と呼びますね!この真光の教えは組手ならほとんどの人が知っていると思いますが?煎り豆は火で焼いてるんですよ!その(火で焼いた)煎り豆を火の神様である正神に投げつけて呪いがかかる?と思いますか?この教えはどこから拾ってきたんでしょうね?竹内文書にはなかったと思うけど?真光の教えは矛盾だらけです!また古事記では天の岩戸開きはアマテラスのことですが、大本(教)での艮の金神はスサノオのことだったりします、真光もたぶんそうでしょう?この辺はあまり深入りしないほうが良いと思います。


真光の教えは岡田光玉が50才代に世界救世教や竹内文書からパクったり、仏教、キリスト教を自己流に解釈し寄せ集めて短期間に作り上げたものですから?こじつけとデタラメと矛盾だらけですねー?さらに3代目教え主光央もネットからコピペした情報をそのまま御教示にしてることがあります
http://memo.kouheibun.com/blog-entry-81.html

教え主にとって大切なことは教団の経営とマルチ商法的なシステム管理ですから、教えは二の次です、当然ながら教え主に神通力(霊力とか超能力)はありません。なにより証拠に私が3年以上も光玉や教え主たちの悪口を言い続けてもなーんにも起こりません(´ー`*)ウンウン 
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立教は昭和38年?では最初に犬に手をかざしたのいつ?

もう!うんざりするくらい光玉の発言と御神書の矛盾バラバラぶりを書いてますね。いつ立教したのか?光玉の手かざし第一号と言われる「犬」の病気を治したのはいつかは?このブログではどうでも良いことですが、このバラバラぶりが後々、現在に至るまで続いていますね。


幹部と言われる道場長や導士達の発言もバラバラで一貫性がないでしょう。組み手の皆様は実際に体験することがあると思いますが?

つまりね
教団に都合の良いことが正法!
この頃にできたのかも知れませんね

立教当時の日本は高度成長期でもあり混乱期でもあった
{真光と光玉年表}
私の作った年表を参照して戴きますと分かり易いと思いますが、当時の日本は敗戦からたちあがり高度成長期でもありましたから「新興宗教」にとって延びやすい時期だったでしょうね。「病気は治る」「お金は儲る」とか言いたい放題だったと考えられます。

この10年くらい後ですが初期のマルチ商法でネズミ講と言われていた「天下一家の会」の事件が発覚しました、被害者が110万人で被害金額は1900億円と言われていますね。いまの価値では一兆円を越えるカモ知れませんね。瞞される人がいっぱいいたんですねー


大阪万国博覧会(1970)のときに作られた岡本太郎氏の「太陽の塔」です。この頃光玉は69歳くらいでしたね。
taiyounotou.jpg
万博記念公園の紅葉は色付きはじめです、タイトル画にしてみた。
20131107tai.jpg



またまた「御対談集」にもどりますが、この本の275頁から始まる本山博氏との対談では、取材時期が昭和49年2月とありますから、光玉が病死する4、5ヶ月前ですね、この本山氏(文学博士)は光玉とは年令も近く、どちらも怪しいオヤジで似たもの同士ですから、光玉の本心がよく垣間見ることができます


では、ここから先お暇な方はご覧くださいませ269[1]は立教の時期270[1]は犬の手かざしの時期

269[1]「御対談集」276頁4行目 本山氏への光玉の発言
「最初に立教しようとしたのは昭和35年のことですが、本当に立教したのは昭和38年のことです....」
rikkyou38.jpg

「御対談集」280頁8行目
たしか昭和34年2月27日ですが、私の家の神様を拝んでいたら、大きな声で「光玉となのれ。厳しき世となるべし」なんて言う声が聞こえたんです。
(イ){犬に手をかざしたのは昭和34年「光玉となのれ」の後}
...........最終行 270[1]「ところがふと犬に手をかざしてみたら犬の病気が治ってしまった。それが評判になって治った人がまた誰かを連れてくる...



270[1]「崇教真光50年史」39頁3段目始め
戦災による借金を返す当てなどありません。死を決するしか道はありませんでした。........
(ロ){犬に手をかざしたのは昭和20年頃、自殺を考えていたとき}
同40頁1段目11行目
その帰り道大きなお屋敷の前を通りかかると、270[1]一匹の犬が苦しんんで倒れています...その時天空の彼方から「手をかざせ!」という声がハッキリ聞こえてきたのです。...10分も経過したでしょうか。なんとあれほど苦しんでいた犬がみるみる元気に起ち上がったのです。

269[1]「最後の天の岩戸開き」 
著者は八坂東名、言うまでもなく3代目教え主光央である
40頁7行目 師が立教を決意したのは昭和34年2月27日の御神示によ。5日間の高熱による人事不省の後、師は立教に関する御神示をうけた。
天の時至れるなり。
起て、光玉と名のれ。
手をかざせ。
厳しき世となるべし。
立教の関する御神示が天地創造の主神から垂直に天下ったのである。

なぜ「お暇な方ご覧ください」と書いたかおわかり頂けると思います
まじめに読んでると頭が、こんがらがってくるからですねー(-^〇^-)

御み霊とオキヨメで病気は治りません 真光3代の教祖とパクリの教えの実態 実録・魂を抜かれた組み手はゾンビになる実録・教団幹部と使い捨ての地元幹部

御聖言はデタラメ書?光玉の御神名と神向き讃詞解説から解る!

御聖言の疑問点は以前から書いていますが今回は「神向き讃詞解説」と光玉の名前から検証してみましょう
20131101kamimukisanjikaisetu1.jpg

まず光玉さんの名前は下記の通り5回変わっている
269[1]龍道、光玉、聖玉、聖鳳、救い主

270[1]龍道
昭和29年(1954)から7年間、この名前については「真光50年史」に記載されています。立教前ですが教団でも公認で「手かざし」もしていたことになっている。
このブログでも前に書きましたが→http://memo.kouheibun.com/blog-category-13.html
271[1]光玉
昭和34年(1959)から2年間
 
御聖言に「..光玉と名のれ...」という割には一番短い。次回書きますがこの時点ではまだ立教はしていません。
272[1]聖玉
昭和36年(1961)から7年間
鳥仁仙人から貰ったとか言う御神名(KO玉の人生にはよく仙人が都合良く登場します)
273[1]聖凰
昭和43年(1965)から7年間



今回は4番目の聖玉について書きますが1~5まですべて矛盾点、疑問点があるのです
272[1]聖玉
聖玉を名のるときの記事{引用}神向き讃詞解説40頁2行目
次に頂戴しましたのが「聖玉」というみ名です。確か鳥仁仙人からだったと思います。しかし、正直に言いますと、この「聖」という字をつけるということは、非常に恐ろしく感じたのです。と言いますのは、「聖観音」というときや「聖徳太子」のときに、この「聖」を使っているからです。...しかし、これを戴いた昭和36年頃というのは、まだ大祭をしても参加者は170人くらいのときですから、とても「聖玉」という名を使えるところまでいってなかったのです。{引用ここまで}


問題点の説明
光玉は神の声として「天地一切神の声・・・光玉を名のれ、手をかざせ、厳しき世となるべし。仰々しく登場したのに?たったの2年で光玉から聖玉に変えてしまった。

それも
「鳥仁仙人」とかいう訳のわからない
人物の言うことを聞いて聖玉に変えて

しまったのです。
しかも「確か鳥仁仙人からだったと思います」。とあるように曖昧なんですねー。


これでは神様より「鳥仁仙人」の方が上?になります。
それとも御聖言に登場する神様は何者?

鳥仁仙人とは、「神向き讃詞解説」の7年後に発行された「崇教真光30年史」79頁には読みは鳥仁(うじん)仙人で役の行者を霊界から指導した、現界に肉体を持ったことのない霊界だけの仙人と説明しています。便利の言い説明ですね光玉の神様は?


他にも疑問点の根拠はいろいろありますが
組み手(信者)の立場からは
「御聖言はデタラメ書」と呼んでおきましょう?
私たち組み手は、「御聖言」を拝読して「実在の神の声」と信じて付いてきたのですが?「なんとか仙人」と同レベルの神様だったら話は別です。
「インチキ」呼ばわりしてどこが悪い。



273[1]聖凰
神向き讃詞41頁13行目それから現在は「聖凰」になっております。
泊まった旅館の部屋が鳳凰の間とか?いろいろ言ってますが?

この頃の時代背景は私の作った年表をご覧戴くと分かり易いでしょう


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「大聖主」や「御対談集」の信憑性?光玉の発言がバラバラ

光玉がよく言う「飛行機会社の社長だった男が」とか「王侯のような生活からルンペンになった」とかいう
あの飛行機会社はいったいどんな会社で?いつどうやって立ち上げたのか?よく解らない。
「大聖主」や「御対談集」を読まれた方のほとんどの人が疑問に思うところですね。


岡田光玉はいつ飛行機会社を経営してたの?

そこで私は「光玉の経歴年表」なるものを作ってみましたhttp://memo.kouheibun.com/blog-entry-179.htmlこの表は原則として真光教団発行の「御神書」から拾った「光玉の経歴」を年代別に並べ替えたものです
mahikarinenpyou.jpg 



まず間違いのないのが「飛行機会社の戦火による焼失」は終戦の年である昭和20年(1945)として


昭和16年ころ設立か?
(御対談集276頁9行目)戦前に私が事業を興した時-飛行機会社とか繊維会社を興したのですが...(277頁4行目)戦争が始まったころ、神様の御神体とご先祖様の位牌を風呂敷に包んで、親戚の百姓の家に疎開したんです。

▲神様のおかげで会社が儲かったハズですが?
事業を始める前に風呂敷に包んで疎開先に預けてあったのは変です?


この疎開先が「聖珠の実家」というネット情報があります?
私は詳しくは知りませんがなるほど!そうかなー!と思いますね。


昭和17年ころ設立か?
戦時中に飛行機の会社を興します時に
(御対談集123頁8行目)戦時中に飛行機の会社を興します時に...3年目に空襲でペシャンコにやられた
(ここでは設立年月は書いてないが逆算すると昭和17年/1942のことでしょう)


昭和19年設立か?
(大聖主68頁後ろから2行目)43才の男盛り。近衛師団の連隊旗手。輝くようなスタートを切りながら、いま死の床に横たわる(光玉の43才は昭和19年で翌年が終戦)


▲飛行機会社設立の話が出るたびに違った年になります
これは光玉のブレか編集者のミスかよく分かりませんね?


また経営していた会社の数も食い違いがあります

3つの会社を経営

(大聖主202頁5行目)戦時中は、陸軍の飛行機製造会社の社長をしたり、ほかに繊維会社など三つばかりやっておりました。
5つ6つの会社を経営
(大聖主71頁2行目)飛行機会社の他に、製塩、炭鉱、材木会社など五つ六つの事業に全精力を注いだのである。

どんな飛行機会社なのか?
あと3年の命というのなら、私は戦時生産のお国の役に立とうと思った。父が経営していた繊維会社を、陸軍の飛行機制作会社に切り替えた。私は親が残した全財産を投入した。

飛行機会社や炭鉱をやったときは、自己資金が30パーセントで、70パーセントは借金であった...ところが終戦直前の爆撃によって私は全財産を失いマルハダカになった。

▲父が経営していた繊維会社=光玉の父親は軍人で、しかも25年も前になくなってるはず

▲70パーセントが借金ということは借金は自己資金の2.3倍、この程度の資本金で飛行機会社や繊維会社など5つ6つの会社ができますかねー?しかも脊椎カリエスが再発して、療養中にこれだけの会社を立ち上げることができますか?

taidansyuu-daiseisyu.jpg



別にアラ探しをしているわけではありません、これらは一例で御神書のなかでは何ヶ所もこのような「あやふや」な表現が出てきます。読めば読むほど頭がこんがらがってきます。新組み手の頃はかなり疑問に思いながら読んでましたね。



御神書ですから=神の声を伝えてるハズなんですが、ちょいとお粗末すぎますね。

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今月の真光誌もパクリの御教示!3代目はネット専門

今日は、月並み祭に潜伏しました。本来は月並み祭に参拝ですが、私の場合は「潜伏取材」であります、もはや後戻りはできません。何人救えるか解りませんができるだけ大勢の若者を「ゾンビの館」から脱出のお手伝いをしたいと思っています。

では本題、またまたパクリのお話です
今月号の真光誌8月号(611)の光玉の寸教7頁6行目
引用-此の教えは、私が本を読んで勉強した教えではない。全部神霊から教わったそのままのお伝です。

まことに白々しい教えである、このブログで延々とお伝えしているとおり初代光玉の教えは、ほとんどが世界救世教竹内文書のからのパクリであります。

 

また3代目光央はネットからのパクリが御得意です。
下記はほんの一例ですが
教示に出てくる文書を適当に検索すると「そのまんま」の文章がかなり出てきます

今月号真光誌26頁2行目から
引用-ピラミッドの高さを2で割ると、王の間の天井の高さになる。高さを4で割ると、王妃のの間の頂点になります。高さを5で割ると、地下室・・・・
全文書くことも面倒なのでクリックしてください
 
 
 
下記は個人ブログですが昨年の投稿です
http://necozawasei.jugem.jp/?eid=544
  
毎度おなじみのパクリであることが解りますね。(但し:このブログからコピーしたと言っているわけではありません、同じような検索結果が大量にでてきます。)

また同じ26頁の7行目からの数式の入った訳の分からない部分は組み手(信者)に話してなんの意味があるのでしょうか?難しいことを言ってるつもりでしょうか?3代目光央は月始祭の前になるとネットからコピー&ペーストして教示の原稿を書くんでしょうね?

3代目光央は結構バカですね!

「神霊から教わったそのままの教え」とか言うのは真っ赤なウソで
「ネットからコピーした情報」を「そのままお伝え」が正しいと思うよ。

「雑誌ムー」を読んだほうが早いよ!




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お粗末すぎる3代目教え主光央の教示

毎月真光誌が手元に届くたびに文句を言ってますが

今月号(7月/610号)の教え主の教示
ここから引用
13頁7行目 救い主様の経営の基本的想念について
(一)自分の家庭はよく話し合って仲良くする。
(二)お店をきれいにして整理する。
(三)買い物に来られる人が気持ちよくいられるようにする。

この三つの原則を実践しますと。するとそのお家とお店の波動が明るくなります。明るくなると不思議にお客さんが集まってきて品物が売れるようになります。
--ここまで引用--
まず言えることは、こんなものは経営・・とは言わない、確かにお店はきれいにするのは当たり前として、こんな事でお店が栄えることはありません。さらに分類が変ですね、例えば項目(二)のお店をきれいに・・・は(三)の小分類にはいるべき項目でしょう下記の様に分類するのが正しい。
(一)自分の家庭はよく話し合って仲良くする。
(二)---
(三)買い物に来られる人が気持ちよくいられるようにする。
 (イ)お店をきれいにして整理する
 (ロ)--は清潔にとか愛想よくとか
私の個人的な感覚ですが、どうも3代目の光央は頭が悪そうです「正法実践十項目」もそうでしたが大分類と小分類が理解できない、これは知能指数(IQ)の問題ですね。つまり努力してもどうにもならない。学校の成績は良いのに知能が低い例は組み手には多いよ。
 
また先月も書きましたが
「バックミラーが割れた・・・・過去を振り返るな」の件ですが

 真光五十年史(平成21年)では(45頁3段目)
「天地一切神の声・・・・」のあとの出来事となっているが
 今月号では(18頁3行目)多田建設を辞めるか辞めないか迷っているときです。

僅か4年前に書いたことを忘れている初代開祖の立教の原点に関わる話ですから、ここは厳密であるべきだと思いますが、まあ元々立教の時期は適当なんでしょうね?

 

 3代目光央は今年で確か67歳、まだ呆ける年でもないと思うが

 (一)自分の家庭はよく話し合って仲良くする。
この頃に光玉は奥さんや娘さんと別れている。よく話し合って仲良く別れたんかいっ!




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御聖言は最初の「天地一切・・・」から分裂症気味!

とにかくお粗末だったり、仰々しかったり、ボロボロの分裂症

写真をクリックすると大きくなり文章が読めます
 
「崇教真光50年史」 45頁中段
天の時至れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし。

しかし、この御神示を戴いた救い主様は、すぐに起ち上がることが出来ませんでした。「・・・ 何か狐かタヌキにでも瞞されているのではないかと、神を疑ってしまった。・・・・・・・・・・・そうしているうちに、ある日、車庫に停めてあった車の バックミラーが何もしないのに粉々に割れて飛び散るという事件が起きたのです。そこで救い主様は「過去を振り返るな」という神様のお示しであるとサトリ、人類の救いに起ち上がる決意をされたのです。


 この神示のでる7、8年前には「龍道先生」の名前を戴いて、すでに「手かざし」をしていた。(前ページに記載)ここで改めて狐だタヌキだと驚くこともないでしょう。

 バックミラーは過去を振り返る道具ではなく前に進むために、近い未来を予測する重要な部品でしょう(もちろんバックも前進です過去ではありません)

神の声にしてはお粗末です。


その割には、数日後は仰々しい出来事が起こります
(45頁下段)み山の上に光り輝く金龍神が現れて衣擦れの如きヒレやウロコのすれる恍惚とした素晴らしい音色につつまれました


バックミラーと金の龍神出現。このアンバランス
救い主光玉は分裂症だった
と言っても言い過ぎではないでしょう、もし正常な神経をお持ちなら信者(組み手)をなめてるんでしょうね?金づるかな?

大本の最初は下記の様だったらしいですが、光玉はこれを真似たんですね

出口ナオさんの神がかりの第一声は
艮の金神であるぞよ
「この神は三千世界を立替え立直す神じゃぞよ。三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。とどめに艮の金神が現われて三千世界の大洗濯を致し、一つに丸めて万劫末代続く神国(しんこく)に致すぞよ」

子供達を真光に近づけてはいけません



資料 上段の全文
「御聖言」 24頁
天地一切、神の声なり。神理の充満なり。神大愛より発する万象仕組みの律動なり。
神の気吹きなり。万象息しある訳なり。
神の道といい、経文、バイブルなどなど各々そのカケラを語らしめしのみ。
おのもおのも万全と思わば、既にそれ、真如なり。慢心なり。我なり。「ガは大神かくし」、故に「ガ」という。「我と慢心」は、神々もしくじりしなり。
人間「大神を軽んじ大仏を蔑ろにす」の証なり。
汝、その聞く所を語らん。
天の時至れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし。




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「光玉」の前に神様公認の「龍道」を名乗っていた

救世教を破門になった岡田光玉は失業をしたことになる、この頃、愛人の聖珠は何をしていたか解りませんが生活費を稼ぐ必要はあったでしょうね。そこで光開発という事業所をつくり不動産業を始めることになるのですが、個人事業所では信用がないので「多田建設」の傘下に入って営業をしていたんでしょうね、この事業形態は現在の不動産屋さんでもよくありますよ。

 

「光玉」の6年も前に
神様お導きの「龍道」を名乗っていた


崇教真光50年史 43頁
翌年の昭和28年(1953)救い主様は借金返済を進めていくため、「光発興業」という会社を設立しました。..........この頃、救い主様は「岡田龍道」いう名前をペンネーム的に使っておられます。ペンネームと言いましても神様からお導きを受けてお使いになったお名前です。当時、救い主様と交流のあった人は親しげに「龍道さん」「龍道先生」と呼んでいました。時を同じくして、救い主様は知人の紹介で「多田建設」という会社に顧問として迎えられています

クリックすると大きくなり文字が読めます
 
立教の昭和34年「天地一切神の声.........光玉と名乗れ...」より6年も前には神様からお導きを受けた「岡田龍道」「龍道先生」を名乗っていた事になります


あの「御聖言」は光玉の作り物でしょう。破門になったとはいえ師匠の師匠の師匠である出口ナオさんの「お筆さき」を真似たんですな!御み霊は師匠の「おひかりさん」を真似たんでしょうね。適当にくっつけてるうちに矛盾が起きてくるんですすよ。ネット情報では龍道先生ではなく仲道先生という説もある。
すべて「マネ借り」ですね」


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寸教「原水爆はハルマゲドンの道具」、韓国紙「原爆投下は神の懲罰」

寸教 人類自ら招く火の洗礼 329頁

「原水爆も人間は戦争に使うつもりでいるが、神様は最後のハルマゲドンで
始末をつけようという仕組みの時の火の洗礼の道具にすぎん」
 
{写真をクリックすると大きくなり文字を読めます}
 火の洗礼は天変地異だけではなく核兵器も出てくるんですねまさに何でもパクル光玉ですねこの項には前のほうに「ムー大陸の石版」もでてくるよ

 

先日、韓国の新聞が「原爆投下は神の懲罰」と書いて非難をあびたが

 
KO玉さんはこの意見には賛成なのかな

ハルマゲドン=終末戦争の意味を含む終末思想は、カルト系宗教団体の信者獲得に利用されやすく、オウム真理教による地下鉄サリン事件などもこれにあたる


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